【大連市を語る】

 中国に数ある都市の中で、日本から距離的に近い大連は、歴史的にも経済的にも深い関係を持ち続けてきた。その歩みは、時として中国の主権を侵して悲劇をもたらしたが、「アカシアの大連」「麗しの大連」という言葉にロマンを感じる日本人は少なくない。だが、“戦争”が風化する中で、日本がかかわってきたこの100余年の歴史そのものが薄らいできている。
 近くて遠い大連、遠くて近い大連。基本的なデータを通して改めて大連を知ろう。

《歴史》


 この地に人類が現れたのは約6000年前に遡る。唐時代の初期は「三山浦」、中期に「清泥浦」と呼ばれ、いまもその名残で大連駅付近は「青泥窪(qing ni wa)」の地名となっている。
 1898年にロシアが遼東半島を租借し、ロシア語の「遥か遠い地」の意味の「ダーリニ」と名付けたのが、地名の始まりとなった。
 1905年に日露戦争に戦勝した日本が占領、ロシア語の音から、
「大連」の漢字を充てて命名。
 中国の人にとって屈辱的な日本統治は1945年までの40年間にも及んだ。
 日本が無条件降伏した1945年、今度はロシア軍が駐留し、10年間のロシア統治が続いた。
 解放後、大連市は旅順市と合併して「旅大市」に改称、さらに1981年、大連市として現在の姿となった。
 現在は瓦房店市、普蘭店市、庄河市の“北三市”と、長海県の1県、中山区、西岡区、沙河口区、甘井子区、旅順口区、金州区の6区を直轄する広域市を形成している。

《地理》

▼位置 遼東半島の最南端にあり、北緯38度、東経121度。
    日本との時間差はマイナス1時間。
    北は東北3省と内モンゴルの広大な土地が広がっている。

▼面積 12,573平方キロメートル
    (中心部は2,415平方キロメートル)。
    東西に細長く、南北は狭くなっている。

▼標高 中心部はアップダウンは多いが、海抜は50メートル前後。
    最高峰は歩雲山の1131メートル。

▼海域 三方を海に囲まれ、海岸線は1906キロメートル。
    沿海には226もの島が点在する。
    最大の島は250平方キロメートルの長興島。

▼気候 モンスーン型大陸性気候に属す。四季がはっきりしている。
    冬は季節風が比較的強く吹くが、梅雨はなく、
    夏は過ごしやすい。
    平均気温は1月が-5.1度、8月が24.4度。

▼人口 560万人(中心部は270万人)。 
 
    ★猪瀬和道氏のHP「大連は今日もいい天気」より抜粋。

大連経済開発区
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